11世紀の町興し イタリア バーリ Bari

 

不景気な町を救うため、11世紀の町人が思いついた突拍子もないアイデアとは?

長ブーツの形をしたイタリア半島のヒールの上のあたりにバリという町がある。5月のある日この町の空港に降りたった。
 空港ターミナルから乗り合いバスに乗り、終点の中央駅前で降りた。中央駅は19世紀ナポレオン時代に開発された町中にあり、碁盤の目のような通り沿いに7―8階建ての建物が並んでいる。バスや車で混雑した賑やかな通り沿いに真っ直ぐ歩いて、宿のある旧市街地に向かった。近世の町を後に、中世期に作られた旧市街地に入ると、それまでの喧騒とはまるで別の世界だった。宿がある車が入れない迷路のような狭い通りには、通りの起源は9世紀に遡ると書かれていた。
 夕方薄暗くなり始める頃、迷路のような通りを歩き聖ニコラス大聖堂を目指した。丁度、お祭りの最中で、通りには色とりどりのイリュミネーションが灯り、通りのあちらこちらに奉られた聖人やマリア像の絵にも明かりが灯っていた。沢山の人が歩いてゆく方向に一緒についてゆくと、ロマネスク様式の聖ニコラス大聖堂が目の前に現れた。大聖堂は結構な人出で、中にはギリシャ正教会の司祭らしき人の姿や、ベールをかぶった女性の姿も目立つ。人混みの中に入って行くと、あたりでロシア語が聞こえる。カトリック教会で正教会の聖職者やロシアからの巡礼を見かけるのは珍しい。
 薄暗い大聖堂の中に入って行くと、明かりが灯った聖ニコラスの像が目を引いた。巡礼の人々はこの像の前で立ち止まり祈りを捧げ、次々に地下の聖堂に下りてゆく。

聖ニコラスの遺体、アナトリアから盗まれる

 
サンタクロースの起源ともいわれる聖ニコラスは、23世紀アナトリア(現在のトルコ、当時はローマ帝国の一部)の司祭だった。聖ニコラスの遺体はアナトリアのミラという場所の神殿に葬られたのだが、11世紀に遺体が盗まれた。犯人はバリの町人達だった。
11世紀のバリは景気が悪かった。どうしたら町を再興できるかと町人達が知恵を出し合ったアイデアが巡礼呼び寄せだった。だが、沢山の巡礼に来てもらうためには貴重な聖遺物が欠かせない。そこで、大人気の聖ニコラスに白羽の矢がたった。
 当時、ミラは東ローマ帝国の領地だったが、セルジューク帝国に侵略され混乱状態にあった。このドサクサに紛れて、聖ニコラスの聖遺物を手に入れようということになった。起業精神旺盛といえばその通りなのだが、ようは海賊まがいの事をやった。船でミラに乗り付け、神殿に殴りこみ、墓守を襲って遺骨を掻っ攫って逃げた。慌てていたので、後に小骨が残った。神殿では残った小骨を集めて大切に守っていたのだが、次にベニスの町人に押し入られ、全てきれいさっぱり持ち去られてしまった。こうして聖ニコラスの聖遺物がバリの聖ニコラス大聖堂とベニスのサン・ニコロ・アル・リド教会に奉られることになった。

今でも巡礼で賑わうバリ

 巡礼の後について地下におりてゆくと、そこに聖ニコラスの聖遺物が納められた聖堂があった。聖壇の前では巡礼が膝まづき静かに祈りを捧げている。多くはロシア人だ。聖ニコラスは昔からロシアで敬われ、昔から沢山の巡礼がバリにやってきた。ロシア革命でロシアからの巡礼は中断するが、20世紀末にソ連が崩壊し、再びロシア人巡礼がバリに戻ってきた。
 10世紀経ってもこの地が巡礼をひきつけている様子を目の当たりにすると、11世紀のバリの町人の先見の明には改めて驚かされる。

プーチン大統領のプレート

大聖堂前に立つ巨大な聖ニコラス像は、2003年にロシアのプーチン大統領がバリにプレゼントしたものだ。後ろの壁にはプーチン大統領のメッセージが入ったプレートがあるが、2022年2月にロシアによるウクライナ侵略後は、プレートを取り外すべきだという声も上がっている。

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 それにしてもアナトリアの聖ニコラスが、どこをどうして北極圏からソリに乗ってやってくる白ひげのサンタ・クロースになったのだろうか?子供達にプレゼントをあげたという伝説が残る聖ニコラスとクリスマスに良い子にプレゼントをあげるサンタ・クロースとの共通点はわかるが、ミラの聖ニコラスと北極圏とトナカイはどう考えても結びつかない。11世紀のバリの町人が町興しのために聖ニコラスにあやかろうとしたように、北国の人たちも経済効果を見込んで、聖ニコラスの「伝説を拝借した」のだろうか。


バリの古い町、オレキエッテを作る女性達
夕方になると家の前にテーブルを並べてバリ名物パスタ、オレキエッテOrecchiette作りが始まります。作りたてのパスタはその場で即売されてました。



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